本を出したいという著者の夢を弄ぶ出版社の巧みな営業トーク [ブログ]
「ご存じのように新人作家の場合、ファンもいなければネームバリューもありません。ですから何かの賞を受賞しているというのが大きな冠になっていまして、それが販売につながるのです。しかし、鈴木さんの場合、そのアドバンテージが使えない」
鈴木はじっと牛河原の話を聞いている。
「鈴木さんもご存じだと思いますが、一冊の本を出版するには大変な金がかかります。編集費、校正費、印刷費、デザイン費、営業費、宣伝費と、何から何まで含めると最低でも数百万円かかります。したがって、もし本が売れない場合、下手をすると弊社としても多大な赤字を被る可能性もあるわけです」
「はい」
「しかし何度も言うように、鈴木さんの作品は世に問う価値があります。いや、これを埋もれさせてはならないと思っています。これは私の編集者としての意地とプライドです」
牛河原はそこでひとまず言葉を切った。
「弊社ではそういう作品に対して、ジョイント・プレスというシステムをご提案させていただいているのです」
「ジョイント・プレス?」
「これは、出版社と著者が共に手を携えて本を出そうという趣旨のもとで作られた丸栄社独自の出版形態です。簡潔に申し上げますと、出版にかかる全費用を丸栄社と著者が負担し合うということです。このことによって、優れた本でありながら、種々の事情で出版が難しかった本を世に出すことができるのです」
牛河原はここで再び少し間を置いた。
「はっきり言いましょう。出版費用の一部を著者である鈴木さんにご負担していただければ、出版に踏み切れるのです」牛河原は鈴木に返事をする間を与えずに、たたみかけるように言った。「これはうちとしても賭けです。勝負に出るということです。私は販売部を説得して、OKをもらいました。鈴木さん、あなたも自分の作品に賭けてみませんか。あなたがもし自分の作品に自信があるなら、勝負に出るべきではないですか」
「夢を売る男」 1 太宰の再来 より (24~26ページ)
「ジョイント・プレス」 とは、所謂、書店流通型自費出版、もしくは共同出版とか呼ばれているものだ。著者が、出版に要する費用の半分を負担するとしても、そもそもの出版に要する費用は出版社がはじき出している。提示された費用が正当なものかどうかは、実に怪しい。
出版に要する費用は200万円程度なのに、著者に全額を負担させる目的で、出版に要する費用を400万円と提示するということがあり得る。少しも安くなっていないのに「50パーセント割引」として表示して売るのと変わらない。まさに詐欺商法そのものだ。
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