思い込みの危険性 4 [情報]
死刑は国家による暴力 (?)
死刑反対論者の一人が「感情よりも理性で対応するほうが自分には向いている。だから暴力に対して暴力で応報することを嫌う」として死刑に反対する理由をブログで述べていました。
死刑が国家による暴力だというのは、死刑反対論者がよく用いる論法です。本当にそうなのでしょうか。
私も暴力には反対です。死刑反対論者から「死刑もそうなんだから矛盾するだろう」と言われれば返す言葉がないのですが・・・
日常生活において暴力沙汰となるのは言葉(理性)での対応ができなくなった挙句のことだろうと思います。何を言っても話が通じなくなり、暴力に訴えることになるのだろうと思います。
話し手はわかるように話していてもその論理展開に無理があると相手には伝わりません。聞き手はどう理解していいかわからず困惑するのみです。それをわかるはずという一方的な思い込みで「どうしてわからないんだ!!」と怒ってみても無理というものです。訳の分からない言い方をしていることが問題なのです。
私たちは、考え方の異なる者に対して「何を言っても無駄」という安易な姿勢は慎まなければならないのではないでしょうか。話し合って物事を進めていくのが民主主義の基本です。双方が努力して一致点を見つける努力をする必要があるのではないでしょうか。
なぜ死刑廃止論者はむちゃくちゃな理論を展開してまで死刑廃止を謳うのですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1213101347
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