才能のない著者が出版社のカモとなる(?)   [ブログ]

「小説を書く奴なんて、たいてい頭がおかしい」 


「自分でこんなことを言うのも何ですが、なぜ、みんな簡単に僕たちの口車に乗って百万円以上の大金で契約するんでしょう?」

会社近くの鰻屋の個室で荒木は牛河原に訊いた。二人とも特上のうな重を食べている。

「不思議か」

「不思議ですよ。さっきの学生なんか、牛河原部長のその―」

「見え透いたお世辞になんで引っかかるのかというわけだな」

荒木は苦笑いした。

「それはな」と牛河原は言った。「小説だからだよ」

 荒木は怪訝な顔をした。

「小説を書く奴なんて、たいてい頭がおかしいんだ。嘘だと思うなら、一度三百枚くらいの小説を書いてみたらいい。絶対に最後まで書き切れないから」

「そうなんですか」

「そうとも。素人が原稿用紙を字で埋めるのは簡単なことじゃない。一日かかって五枚も書ければたいしたもんだ。たいていの奴は一日一枚書くのがやっとだ。で、三百枚書こうと思えば、早くても半年、まあ普通は一年かかる」

「はあ、そうかもしれませんね」

「その間ずっとモチベーションを保ち続けるなんて、並大抵のことじゃない。普通の人間ならとっくに投げ出しちまう。書き出す前は傑作になるかもと思い込んで書き始めたものの、上手く書けなくて、また途中で読み返して、こりゃダメだとなるのが普通の人間だ」

「なるほど」

「つまり最後まで書き切るというのは、そのあたりの神経がどこかおかしいんだ。自分の作品が傑作と信じ切れる人間でないと、まず最後までモチベーションを維持できない」

「牛河原さんの言うことがわかりました」

「そういうことだ」牛河原はにやりと笑った。「賞を取るか取らないかわからない長編小説を最後まで書き切るという人間は、自分の作品を傑作と信じている。だから傑作だと言ってやれば、疑う人間はいない。ああ、やっとわかってくれる人がいた、と心から喜ぶ。それを嘘かもしれないなんて疑う冷静な人間はそもそも小説なんか書かない」

 荒木は思わず吹き出した。

「まあ、本物の小説家というのも、その点では、似たり寄ったりの人種だろう。ただ、俺たちのカモと本物の小説家が違うのは、才能があるかないかということだけだ」
    

「夢を売る男」 太宰の再来 より (31~33ページ)  
     
顧客の面前では「お客様は神様です」みたいに神妙であっても、出版社にとってはその「神様」がまさに「カモ」であるという訳である。
  
その口車に乗る「神様」がいるからこそ出版社は、その企業活動が成り立つ。そこで働く社員の生活の一面を支えてもいる訳である。くれぐれも顧客は大事に扱って貰いたい。間違っても顧客をクレーマーにしてはいけない。
  

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