死刑制度の運用について [死刑廃止論]
遺族の思いに沿ったものであるべきではないのか
獄からの年賀状から思ったこと
http://harada-fukusi.cocolog-nifty.com/_swharada/2013/01/post-43f0.html
長期刑の人たちであっても有期刑なのでいつかは釈放される。獄からの年賀状があと10数枚で釈放される。
獄からの年賀状が1枚1枚増えていくことで釈放が見えてくる。そして、その人が釈放後自立更生すれば今度はシャバでの年賀状のやりとりが続いていくのだろう。
かつてクリスマス執行があったとき、すでに年賀状を出してしまっていた死刑囚があったと聞く。年賀状が最後に出した便りなんて残酷に感じてしまう。
先進国の中で日本の死刑へのスタンツは孤立していると思う。先進国の中で死刑制度が残っているアメリカでも多くの州は死刑廃止に動いている。
今年中に飯塚事件の再審の是非も決まるだろう。もし、誤審であれば死刑執行は止まるだろう。それまでの駆け込み執行があるかもしれない。
>10年以上の長期刑の人もいる。
死刑確定から30年も経っている死刑確定者は4人います。そのうちの一人は40年も経っています。逮捕されてからだとそれ以上の年月が経っています。(⇒来栖宥子★午後のアダージォ)
どうしてそんな長期間も死刑が執行されないのか。それには相当の理由があるはずです。しかし、その理由がなくなった場合、新たに別の理由で死刑が執行されないということもあり得ます。それは、老齢による体の衰弱です。刑場まで連行できないほどに衰弱した者に刑の執行命令が出ることはあり得ないでしょう。
保険金詐欺事件で弟を殺された原田正治さんは、加害者が死刑執行されることを望みませんでした。その停止を求めて活動しました。しかし、それは認められることなく加害者の死刑は執行されました。遺族の多くが加害者の死刑を求めるとしても、一部には原田さんのようにそうでない人もいます。
死刑判決は本当にやむを得ないような残虐非道なケースのみに下ります。遺族としては、例え被害者が一人であっても加害者の死刑を求めるのは無理もないと思いますが、被害者が複数であったとしても遺族の願いがすべて叶うとは限りません。
死刑を求める遺族にしても、そうでない遺族にしても、死刑判決はやむを得ないものとして受け入れて、その執行に当たって柔軟な運用があっていいのではないのでしょうか。加害者の死刑を求めない遺族が納得するまでその執行を延期するという具合に・・・。
半世紀前の真相、追求困難…「命」との競争に 名張毒ぶどう酒事件
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/617722/
死刑賛成と、「被害者遺族感情」を利用して叫ぶ人を、私は決して信用しない
http://blogs.yahoo.co.jp/hiroshikey66/62653703.html
ここに転載したブログの管理人の原田さんからメールで指摘がありました。以下、その抜粋です。
1点だけご意見なんですが,2006年12月25日のいわゆるクリスマス執行では,75歳の藤波芳夫元死刑囚の執行が行われました.当時藤波元死刑囚はリウマチで立てない状態で車いすを使用しており,処刑の際にもバタンコのところまで刑務官が車いすを押していき,2人がかりで立たせて刑執行したとのことですから,刑場まで歩けなくても執行の可能性はあります.
また,精神障がいが著しい場合は,今は執行しないと思いますが,精神障がいのある人が絶対執行されないかというと過去の事例からするとそうでもないようです.かつて,誘拐殺人で死刑判決を受けた本山茂久元死刑囚は,一時公判停止になるほどの精神障がいでしたが確定から4年ほど後に執行されています.
名張毒ぶどう酒事件の奥西確定死刑囚については,あまりにも高齢で医療刑務所で処遇されているそうですからもう執行されないは思いますが.
by クレーマー&クレーマー (2013-04-01 17:16)